いばらの王

 いばらの王を読んだ。トラウマ最終回で紹介されていて興味を持ったので。トラウマ最終回では大団円の後におまけページで実は本作は撮影された映画だった、というメタネタで終わり、それが本編への感情移入を台無しにするトラウマ最終回らしい。

 本書では海皇紀も最後は文章だらけのナレーションで終わりすっきりしないとか歴史作品の定番様式も知らない愚かな執筆者で、いばらの王も同じであった。

 確かに本編終了後に映画撮影でお疲れ様でしたという描写はあるが、そこには作者もいて、作者が最後、本編で描かれた想像が具体化するメデューサという怪物として肉体が一部変形して終わる。

 つまり、これまでの本編は役者が演じた映画ですよ、からの本編の怪物は実在しますよ、の2重構造になっている。だから、映画撮影で台無しというのは、漫画で描かれている全てもコマを等しく読む事が出来ない無能の戯言。

 作品自体は、終盤には女にも見せ場はあるが、基本的にかっこいい男を描きたいがために女は基本的に悲鳴をあげて守られてるだけなのが、如何にも古い男の作品という印象。後書きで映画好きを公言しているので、恐らく80年代から90年代のマッチョな映画が好きだったのだろう。シュワルツネガーとかが出演してたようなB級映画。

 子供の頃には自分もそういう能天気な作品を消費していたが、今の自分には刺さらなかった。