恋愛と結婚と推し活

 推し活とはアイドルから派生した言葉であるので、前提からして疑似恋愛というのが共通認識なのだろうか。自分が昔恋愛関係だった女は、ビバリーヒルズ高校白書が好きだったのでルークペリーの写真とかを持ってたが、自分はそれに対して何も思わなかった。やめて欲しいとは思わなかったし、自分も当時は椎名へきるという声優を好きでCDを買ったり、たまに写真が掲載されている雑誌を買ったりしていたが、別に彼女からやめろとは言われず、互いに何も気にしていなかった。お互いに、それら芸能人と付き合いたいとかセックスしたいとか思っていたわけではない。顔の美醜はあるにせよ、演技だったり仕事の断片に行為を持っただけで、何を置いても優先する対象ではなかった。

 自分は、何10年も追い続けている異性の音楽家や歌手がいるが、彼女らの言動や作品を全肯定した事はない。異性に限らず、彼らの言動や作品の中で自分に有効なものがあるだけで、彼らが常に自分にとって有益とは限らない。だから、推し活というのが全くわからない。

 別に、恋愛や結婚をしていようとも広義の芸能人に惹かれるのは当然だろうと思う。ただ、恋愛や結婚をしてるのに、年齢と容姿を中心とした異性に入れ上げるのは愚かだなとも思う。

推し活は、他人の人生に自身の生きがいを見いだす行為。https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202307_01.pdf

 ……とある通り、自分の人生を構築が出来ない愚者がホストやキャバクラに入れ上げるのと同じ理屈で、消費以外に自分の存在価値を示せない貧しい人達の末路。自分より凄い人間や行動を見た時に、それを自分の目標とするのではなく、繰り返し消費するだけで終わる人々。推し活への嫌悪は、それが自分を差し置いた相手への疑似恋愛だからなのではなく、根本的に受動的な奴隷に甘んじているからではないか。人生を賭けてやることが、ただ消費するだけ、という虚しさに何も疑問を持たない浅ましい奴隷の自己肯定こそが、推し活に対する嫌悪の本質ではなかろうか。