この手の〈新しさ〉を謳う人達に抱く疑問。彼らは、定数でしか物事を見ていない。男が主役だった少年漫画、女が主役だった少女漫画に、それぞれ逆の性別の主役が出てきたから新しい。
しかし、物事を抽象的、変数で見る人間からすると、主役という変数に0か1かを代入しただけで、何も新しくない。〈X+Y〉〈X-Y〉〈X*Y〉〈X/Y〉に何の値を代入しようとも、四則演算の範疇であり、そこに無限桁の値を代入しても、解き方は誰でもわかる。
未知の音階、未知のリズム、未知の拍子、これらが出現したら新しい音楽と言えるが、既知の音階、既知のリズム、既知の拍子、既知の楽器の組み合わせで何が新しいのか。それは、日本語しか知らなかった日本人が英語を知って驚くようなもので、英語は日本語と同様に併存していた言語で、あくまで主観的に未知なだけで客観的には人類の中で運用され続けていた。果たして、英語は新しい言語だろうか?
かつて、韓国のポップスがCmというコードに対してメロがレbを用いたから音楽理論を超えた音楽だ、と喚いていた層が壱定数いたが、それは音楽理論をコードしか知らない無知の戯言で、コードよりも500年ほど前に出来上がっている教会旋法という音楽理論に当てはまるので、全く音楽理論から逸脱した音楽ではないのだが、無知にそれはわからない。
主観的な未知と歴史的な未知を混同して無知ほど〈新しい〉と喚く。