「鬼滅の刃」や「薬屋のひとりごと」が幼稚園の遊戯に見える理由

 自分が子供の頃は、漫画が話やキャラが面白いのは当然で、それ以前に、呼吸や瞬きと同様に絵が凄いなんて当然だろ、という手間暇が桁違いの漫画やゲーム絵に溢れていた。
 特に、登場人物は描けて当然。その上で、服装や背景まで登場人物と同様に微に入り細を穿つ描写じゃないと読者にそっぽを向かれる、という危機感と覚悟を持った漫画家に溢れていた。

ゲームのキャラデザとキービジュアル

天野喜孝
小林智美
森気楼
新川洋司

 彼らに比べたら、鬼滅の刃薬屋のひとりごとも、人体が描けていないし、背景も平坦で立体感も迫力も現実感もないし、稚拙。
 登場人物の愛嬌にしか興味がない馬鹿な女の消費者が中心となってる弊害だと思われる。
 劇画が最高という話ではない。どんな絵柄であれ、顔以外の人体の構造や美術背景も顔と同様に、むしろ顔以上に価値があるという認識に欠けた漫画家と消費者が中心の現代には辟易する。

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