フェミニストが主張がダブスタ前提の理由

 シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」を読めばわかるが、シグナルとは、ある対象に焦点を合わせた結果、ノイズがシグナルに、シグナルがノイズになったりするので、BLしか望まない女にとって女の裸、あるいは女の存在自体がノイズである、という主張自体は正しい。

 問題なのは、美少女描写しか望まない層にとっては男の裸や男の存在などノイズに過ぎず、どちらも引数が異なるだけの同一関数に過ぎないという自覚を女が持てない事。

 女と男 なぜわかりあえないのか (文春新書)が示した実験結果にもある通り、女は自分の性欲を自覚できない。精神的興奮と肉体的興奮が乖離している。つまり、そもそも客観的に正しく認知を出来ないのだから、自分達の好きなBLは男が望むポルノと違う、と主張するのは、ある意味で当然。

 だからこそ、メタ認知に欠ける愚者が目立つとも言える。別に、自分達も若く美しい肉体を持つ異性を好きで消費している、と自覚して、引数の値が異なるだけの同じ関数として生きていけば良いのに、何故、変数なのに任意の定数だけが正しいとしか考えられない知能に劣る主張者がこの手の女に多いのか。

 自覚している情報だけを根拠に出力しても、それは論理的とは言えるが、肝心なのは数学的思考を出来るかどうか。

 つまり、性欲やノイズという変数に、自分という定数を代入したらどうなるのか、それを考えられるかどうか。具体的な数式で計算する能力は無くても良い。もっと言えば、抽象的思考を出来るかどうか。自分(女)の抱く好き嫌いと、男が抱く好き嫌いを具体的じゃなく抽象的に理解を出来るかどうか。

 こういう記事などで主張する女、取り上げられる女に限って言えば、常に具体的思考と帰納しか出来ず、抽象的思考と演繹を全く出来ていない。むしろ、こういう女が目立つ事で、だから女は数学や科学に向かない、という具体例で補強する事になる。

 例えば、音楽家菅野よう子は好きな音楽を聞かれて、こう答えている。

無理矢理言うとしたら、なんかこう、「許し」が入っている音楽、でしょうか。存在していてもいいよ……っていう気持ちが含まれている。何事に対してもね。また神様目線のような話になりますけど、どんな豪勢なものにも、どんな小さなゴミみたいなものにも、「それでいいんだよ」と言っているような。否定とか拒絶ではなくて、どこかに必ず許容と肯定が入っている、そういう感じの音世界が好きですかね。https://macc.bunka.go.jp/3055/
 彼女は4つ打ちは嫌い、あんなものは機械が動いてるだけで音楽じゃない、と主張して、一緒に仕事をしている4つ打ち好きと喧嘩になった。そして、後年、彼女は嫌いと言った4つ打ちを攻殻機動隊で主題歌として作った。つまり、出来る人間にとって好き嫌いなど数ある評価軸の1つに過ぎない。肝心なのは〈やる/やらない〉という条件と〈出来る/出来ない〉という結果であって、その間に〈好き/嫌い〉が入り込む余地は無い。

 所詮、抽象的思考を出来ずに自分の具体的な好きしか肯定どころか認知を出来ない人間(女)に、ダブスタを理解しろと言う事自体が無駄で不能でもある。平仮名しか読み書けない子供に漢字を使え、加算しか出来ない子供に減算と乗算と徐算を使え、と言ってるようなもの。

 物事を具体的にしか考えられない人間に抽象を理解する事は出来ない。

抽象的すぎてわからない?
それがもう勘違いである。
抽象的だから理解できるのだし、具体的すぎてわからないものが多すぎるのだ。
【出典】自由をつくる 自在に生きる (集英社新書)
 愛とか綺麗とか美しいとか抽象的な言葉を責任逃れで用いているだけで、思考や認識が具体的な対象になってたら無意味。逆に、言葉は具体的でも、すぐに切り替え変換が可能な抽象的な思考を出来るほうが大事。

 ただ、フェミニストにそれを理解するのは無理だろう。何故ならば、人権という集合じゃなく、女という定数を使うのが正しいという前提なのだから。

 この手の主張をする女の課題は、まず〈私〉という定数を除外して〈私じゃない何か〉を代入する変数を前提に思考を出来るようになる事。