加藤小夏のサイレントヒル配信を見て思った。自分がVtuberを好きになれない理由は、顔を晒したく無いならゲーム画面だけで勝負しろ、見た目を気にせず勝負するわけでも無く量産整形に等しい萌え絵で擦り寄るな、という事。結局、加藤小夏のように顔以外を持っている女に生身の顔まで持たれたら勝負にならない。我々が大谷翔平の足元にも及ばないのと同様に。
自分はサイレントヒルには興味が無いので買わないが、加藤小夏は現代では珍しいゲームに無頓着でありながら、関わった仕事として全力で応じる、という点が素晴らしく好感を持った。例えば、音楽家の菅野よう子はアニメには興味が無いがアニメ音楽で馬鹿売れしたし、声優の坂本真綾は本や舞台を好きでアニメには無頓着だがアニメ声優として長期で活躍している。自分が好意を抱く女は、業界に染まっているよりも、むしろ無頓着で能力が認められている。自分は、業界の外の人間が齎す物を面白いと思う傾向がある。
小説家の森博嗣は、小説家になりたければ小説を読むなと公言している。小説家になりたいと自覚している時点で、自分なりの理想の小説があるはずなので、後は書くだけ。小説を読んでる暇なんぞ無いし、小説以外の情報を小説に出来る能力の方が重要。思えば、菅野よう子も、音楽家になりたいとは思っていなかったが、大学のバンドと、たまたま引き受けたゲーム音楽やCM音楽があれよあれよ評判になり、今では世界的な音楽家となった。自分が何かの分野で成功を目指すなら、分野に染まらない方が良いと言う事か。大概の消費者は、自分が好きな対象を話題にする人物を好評する。しかし、実は自分が知らずに興味を持っていなかった分野を教えてくれる人物を見る方が建設的である。そういう意味においてVtuberは逸脱が無い馴れ合いと言う点でも自分は馴染めなかった。
