フェミニストの目的は男女平等では無い

 まず前提として、記事でも指摘されている通り、ジェンダーギャップ指数は、ある基準の量を示しているだけで性質は範囲外。右利きが多い事を示しているだけで、逆の手を利き手と比較してどこまで使えるかは計測されていない。望んで基準から逸脱している、というベクトルが無い。だから、ジェンダーギャップ指数にそもそも価値があるのか、という事になる。

 現在の自称フェミニストは、女という属性を盾にしているだけで、本質は自分個人を無根拠で理不尽に優遇しろ、が目的。教育と職業と政治に対して男女同権が実現されている現在で、もはやフェミニズムの歴史的な役割は終わった。自転車や自動車がある時代に馬車を使えと喚いているに等しい。望んで馬車を使うのは自由だが、もはや多数派にとって日常的に利用する価値は無い。

 性犯罪者は男が多いが、男が性犯罪者とは限らないのと同様に、道理を理解してる女はいるが、EQ*1が暴走して理屈がわからない女は存在する。彼女らは事実に興味はないし認知も出来ない。ラーメン屋に行ってショートケーキが無い、と喚いているだけ。女とうまくいかなかった男が逆恨みで女を襲うように、男から愛されない怒りを発散しているに過ぎない。そもそも、フェミニストの致命的な欠陥は、不満を並べるだけで、改善した恩恵を証明するために行動しない。あれ欲しい、これ要らない、と常に決定権が自分にあると思い込み、行動原理が、天田の男から好かれて相手を選ぶ姫という歪んだ自認。

 社会的に成功している女はいるし、結婚して子育てに専念して仕事を辞めたい女もいる。そもそも、性別だけで肯定と否定を判断するのは、個性を否定している事になる。女は黙って男に従え、と言う古典的な様式を否定しながら、女だから良い、と言う様式か脱却を出来てないダブスタに無自覚。需要と能力があれば認められるのだから、性質を無視して比率だけ問うても無意味。

 恐らく、フェミニスト高市早苗が任期を終えて好評された暁には、手の平を返して〈さから女は素晴らしい〉と喚くだろう事を、ここに予言しておく。彼女らはポジショントークをしているのであって、社会と言った抽象的概念や母集団を理解しているわけでも思考しているわけでも無い。結婚して幸せに専業主婦をしている女が自分じゃ無いのが憎いし、主義主張が強いのに男から認められる女が自分じゃ無いのが憎いし、適当に愛想を良くしているだけで男から好かれる若い美女が自分じゃないのが憎いし、自分を愛さない男が憎いだけである。

 言うなれば、陰謀論を娯楽として消費するのではなく傾倒する人種と同じ。一般人はそれに関わるほど暇では無い。異性や社会に不満があるのはわかるが、すべき事は男に好かれて成功している女を攻撃する事では無く、他者に恩恵を齎す自分の能力と立場を確保して認められる事である。それが出来ないからフェミニストになるのだろうが。日本を代表するフェミニストが、国民総動員で貧乏になろうと言いながら自分は高級マンションに住み、結婚をしない女の人生を礼賛しながら自分は高齢結婚している上野千鶴子の時点で、程度が知れている。別に、仕事に生きる人生は自由だし、結婚して専業主婦になるのも自由だし、男に愛されて幸せな人生もあれば、子供を持たずに幸せな人生もある、それだけ。男と同程度の比率を目指すのは、決して女の幸福を意味しないし、成功している女を攻撃した所で自分が幸せになれるわけでも無い。

 地球平面説を主張する恩恵に、コミュニティ内で容易にセックスが出来るから、と言う指摘があったのが面白い。

 つまり、フェミニストもまた、広い社会に適応を出来ずに狭いコミュニティで礼賛される事を選んだ結果に過ぎない。本来フェミニズムとは立派な思想だが、コブラ効果ではないが、気づけば手段と目的が入れ替わり本末転倒を招いた。

*1:Empathy Quotient